広告はアートじゃない。「売る力」のあるコピーとは?

デビッド・オグルビー(1911-1999)は「広告の父」と呼ばれる伝説的な広告マンです。彼の著書『ある広告人の告白』や『オグルビー・オン・アドバタイジング』は、今でも多くの広告マンのバイブルになっています。オグルビーが一貫して伝えたのは、「広告は芸術ではなく、商品を売るための手段だ」という考え方です。彼は、調査に基づいた事実を伝えることブランドの個性をコピーで表現することを重視しました。


オグルビーが大切にしたコピーの6つのポイント

  1. 事実を伝える
     信頼される広告には誇張ではなく、本当の情報がある。例:製品の効果、データ、口コミなど。
  2. わかりやすい言葉で
     難しい言葉を使わず、誰にでも伝わる表現を使う。
  3. ストーリーを語る
     物語性のあるコピーは、感情に訴えかけ、記憶にも残る。
  4. 見出しが命
     広告でまず見られるのは「タイトル」。シンプルで強い一文が必要。
  5. 長文も悪くない
     内容に興味を持てば、人は長い文章も読む。詳しい説明で理解を深められる。
  6. ブランドと一貫性を持たせる
     コピーのトーンや言葉選びは、ブランドイメージとずれてはいけない。

オグルビーの考えが今のマーケティングにも生きている理由

  • ストーリーマーケティングの原点:オグルビーの「物語を語れ」という姿勢は、現代のコンテンツマーケティングでも重要。
  • コピーライティングの重要性再認識:SNSやウェブ広告でも、短く刺さる言葉の力は欠かせない。
  • 顧客目線が基本:オグルビーは、常に「お客様が本当に知りたいことは何か?」という視点でコピーを作った。
  • データ×クリエイティブ:事実重視の姿勢は、今の「データドリブン広告」にも通じている。A/Bテストなどでどの表現が一番売れるかを検証する文化の先駆けでもある。

有名な成功事例

  • ハサウェイのシャツ
     アイパッチをつけた男性の写真が話題に。物語性とビジュアルで商品価値を高めた。
  • ロールス・ロイスの広告
     「時速60マイルで一番うるさいのは電気時計の音」
     この一文が、ロールス・ロイスの静かさと高級感を見事に伝えた。

たった二言で、広告界の神を動かした男。

1951年、アメリカ・メイン州ウォータービルにある小さなシャツメーカーの社長、エラートン・ジェッテは、自社ブランドを全米に広げたいという野望を抱いていた。資金は限られていたが、彼は広告界の伝説的人物、デイヴィッド・オグルヴィの存在を知っていた。

ジェッテはオグルヴィのもとを訪ね、こう切り出す。

「広告費として用意できるのは3万ドル(約300万円)しかありません。ですが、あなたがこの仕事を引き受けてくれれば、私は将来きっと、あなたの一番のクライアントになります。」

オグルヴィは、もしジェッテがそれだけを言っていたら、きっとその場で追い返していただろう。しかし、ジェッテは続けてこう約束する。

「あなたがこの仕事を引き受けてくれたら、私は会社がどれだけ大きくなっても、永遠にあなたに広告を任せ続けます。そして、あなたが書いた広告文は一語一句たりとも絶対に変更しません。」

この2つの誓いが、オグルヴィの心を動かした。

彼が恐れていたのは、優良な顧客を失うことと、自分の書いたコピーが勝手に改変されてしまうこと。ジェッテはその懸念を見抜き、たった2文で信頼と将来性を提示したのだ。

伝説の広告、誕生。

契約を結んだオグルヴィは、ジェッテのシャツの顧客層を徹底的に調査し、多くのアイデアを検討。その中から選ばれたのが、「上品でロマンを感じさせる男性がHathawayのシャツを着ている」というストーリー性のあるコンセプトだった。

撮影当日、オグルヴィは途中で立ち寄った雑貨店で、安価なアイパッチをいくつか購入。モデルに装着させて撮影を行った。出来上がった写真を見た瞬間、オグルヴィはこれが成功すると直感する。

そして生まれたのが、アイパッチの男が登場するHathawayのシャツ広告だ。

この広告は瞬く間に話題となり、『タイム』『ライフ』『フォーチュン』などの一流雑誌でも取り上げられた。テレビでは司会者がアイパッチを着けて登場し、漫画ではウィンドウショッピングをしていた男性たちが全員アイパッチをして店を出る様子が描かれた。模倣が続出し、文化現象にまでなったのだ。

オグルヴィは後に、アイパッチの着想は駐英大使ルイス・ダグラスの写真や、作家ジェームズ・サーバーの短編『ウォルター・ミティ氏の秘密の生活』に影響を受けたと語っている。また、自身の若い頃の個性的なファッション(肩マントや蝶ネクタイ)も、キャラクター形成に影響していた可能性がある。

ストーリーとブランドの一体化

Hathawayの広告が成功した理由は、アイパッチだけではない。モデル、背景、コピー、すべてが絶妙に組み合わさって、見る人の感情と想像力を刺激したからだ。

広告の一文には、こう書かれていた:

「ソースティン・ヴェブレンを慕う弟子たちは、きっとこのシャツを見たら蔑んでいただろう。」

読者のほとんどはヴェブレンを知らなかったが、この一文により“上流階級のような気品”を連想し、シャツに高級感を感じた。私たちは、貴族を妬みながらも憧れる――この複雑な感情に見事に刺さったのだ。

さらに、この広告は「ストーリーアピール」にも優れていた。商品だけでなく、モデル自身に物語を感じさせることで、記憶に残る広告になった。広告が"商品"と"感情"の両方に強く結びつく。これが、オグルヴィが言う「金色の糸」だった。

Dos Equisと"世界で最も興味深い男"

オグルヴィの精神は、後の広告にも受け継がれた。メキシコのビール「Dos Equis」のCMキャンペーンでは、白髪の男性が数々の冒険を語る「世界で最も興味深い男」というキャラクターが登場し、大人気となった。

しかしこの広告には課題もあった。キャラクターは強烈だったが、商品とのつながりが薄かった。視聴者の記憶に残るのは男優の顔と女性たちであり、何のビールを飲んでいるのかが曖昧だったのだ。

オグルヴィなら、必ずヘッドラインやコピーに商品名を組み込み、「このビールだからこそ成立するストーリー」を描いたはずである。

金色の糸を忘れるな

良いストーリー、魅力的な写真、奇抜なアイディア――どれも広告には重要だ。しかし、それだけでは足りない。その広告を見た人が、**「この商品が欲しい」**と思わなければ、意味がないのだ。

だからこそ、「広告のすべての要素は、商品の魅力と見込客の感情を“金色の糸”でつなげていなければならない」とオグルヴィは説いた。

この金の糸がピンと張っていれば、広告は人の心を動かし、財布を開かせる。たるんでいれば、どんなに見た目が良くても売れない。

この教訓は今でも、私たちすべてのマーケター、コピーライター、ブランド設計者にとって、最も重要な真実である。