「想起」を上げるとは何か──定義の曖昧さが成果を鈍らせる

近年、「想起率の向上」をマーケティング目標に掲げる企業が急増している。だが、その“想起”とは何を意味しているのだろうか。「助成想起」「純粋想起」「想起集合」「第一想起」──いずれも似た言葉だが、意味は異なる。定義が共有されないまま議論が進めば、KGIやKPIの整合が取れず、成果の因果を誤ってしまう危険がある。本稿では、マーケティングの基本単位である「想起」を構造的に整理し、企業の現状に応じて設定すべき指標の型を提示する。


売上の先行指標としての「想起」

売上をKGIに据えると、競合施策や営業力、配荷率、季節要因など外的変数が多すぎて、施策の評価が難しくなる。そのため、売上の「先行指標」として想起をKGIに設定する企業が増えている。

オーストラリアの経済学者バイロン・シャープ氏は、ブランド売上を「物理的買いやすさ(Physical Availability)」と「想起されやすさ(Mental Availability)」の2軸で説明する。このうち後者の中核にあるのが「想起」だ。

トライバルメディアハウスの「第一想起調査2025」によると、想起されたブランドの購入経験率は他ブランドを大きく上回る。つまり、“思い出される”ことこそが購買行動の入り口なのだ。


想起を正しく理解するための4分類

「想起」という言葉は抽象的で、会議の中で「どの想起を上げるのか」が曖昧になりがちだ。その整理軸となるのが、ブランド・カテゴライゼーションのフレームワークである。

(1)助成想起

ブランド名やロゴを提示した際、「知っている」と答えられる状態。消費者の記憶の“入り口”を測る指標であり、知名集合にほぼ等しい。

(2)想起集合

ニーズが顕在化した際、購入候補として考慮されるブランド群。「知っている」から一歩進んだ、「買ってもいい」と思える集合体。

(3)第一想起

想起集合の中で、最初に思い浮かべられるブランド。カテゴリーの代名詞的存在であり、購買意識が生まれた瞬間の最有力候補。

(4)純粋想起

「○○といえば?」という問いに対して、自発的にブランド名を挙げられる状態。購入意向を必ずしも伴わないが、自然に記憶に定着しているかを測る。


第5の指標──「条件付き想起」という現実的戦略

非リーダー企業にとって、カテゴリー全体で第一想起を取るのは難しい。そこで有効なのが、「口臭予防の歯磨き粉といえば?」のように特定条件を設けて想起を狙う「条件付き想起」という考え方だ。

広い市場で競うのではなく、土俵を限定することで、自社が勝てる領域を明確化できる。条件付き想起は、「純粋想起」の動かしやすさと「想起集合」への接続を両立させる指標といえる。

鍵を握るのはブランド・エクイティ。「コクのあるビール」「口臭予防の歯磨き粉」など、顧客が重視する評価軸で1位を取ることで、その条件下の想起率が大きく上昇する。すなわち、勝てる“条件”こそが、狙うべき想起の土台となる。


ブランドの現状別・想起KGIマップ

ブランドの成長段階に応じて、追うべき指標は異なる。以下は代表的な5タイプのKGI設定である。

タイプ状況想起指標主なアクション
市場の王者助成≥60%、想起集合≥40%第一想起率エクイティ軸の拡張・順位防衛
乱戦の強者助成≥60%、想起集合≤40%条件付き第一想起率CEP強化で想起入口を増やす
ニッチリーダー助成21–59%、想起集合11–39%条件付き想起集合率強い条件を磨きセグメント内で盤石化
原石ブランド助成21–59%、想起集合≤10%条件付き純粋想起率メッセージを一点集中で純粋想起を獲得
挑戦者ブランド助成≤20%特定セグメントの条件付き純粋想起率POP(共通価値)を強化し認知形成

「想起を上げよう」から「どの想起を、どの条件で」に

重要なのは、「想起を上げる」という抽象的なスローガンをやめ、「まず〇〇という条件で純粋想起トップを獲る」といった具体的なKGIに落とし込むことだ。自社がどの段階にあり、どの“想起”を目指すのかを明確化する。その合意が組織に生まれたとき、マーケティングは感覚論から脱し、再現性のある投資行動=構造化されたブランド成長戦略へと変わっていく。