亀倉雄策

1. Foundation

土台

亀倉雄策のデザインは、戦後日本のグラフィックデザインの礎を築きました。その思想の根幹には、西洋のモダンデザイン、特にバウハウスの機能主義と合理的構成が深く存在します。彼は、当時の日本の図案教育の感覚的な傾向を排し、デザインを「いかに構成するか」という普遍的な原理として捉えました。デザインを単なる装飾ではなく、論理的かつ機能的な解決策と位置づけています。

2. Universal

普遍

亀倉のデザインが追求したのは、個人的な「個性」よりも「普遍性」です。彼は、レイアウトの本質は、メッセージを明確に伝達するための安定した構造であると見なしました。「レイアウトは本当の性質上は個性が無い方がよい」という言葉に表れているように、個人的な表現よりも明確なコミュニケーション効果を優先します。この思想は、どのような時代や文化においても理解される安定感と持続性を持つデザインを生み出しました。

3. Equilibrium

均衡

彼のデザイン哲学は、「離陸着陸(Equilibrium)」の思想として象徴されます。これは、デザインがどこまで実験的な表現(離陸)を行っても、最終的には基本的な構成原理と安定した構造(着陸)に戻らなければならないという、表現と機能の絶妙なバランスを指します。革新性の中に、崩れない絶対的な安定感を共存させることで、作品に力強さと永続性を持たせました。

4. Identity

本質

亀倉雄策は、デザインを経営理念や事業の本質に深く関わる戦略的な役割として確立しました。また、国際的な仕事においては、開催地のナショナル・アイデンティティを普遍的な構成の中に組み込むことを重視しました。1964年東京オリンピックのポスターは、モダンデザインのミニマリズムを用いながら、日の丸という日本のシンボルを大胆に配置することで、「国際的な行事でありながら、開催地は日本である」というメッセージを力強く提示しました。抽象化された図像は、受け手の多様な解釈を許容する強力な器として機能します。

5. Legacy

遺産

亀倉雄策は、自らの仕事への姿勢を通じて、グラフィックデザイナーという職業の社会的地位を向上させました。彼は、デザインを単なる「図案描き」の域から引き上げ、企業の視覚的アイデンティティ(VI)と戦略的ブランディングの中核を担う専門職として確立しました。その作品と思想は、後の日本のグラフィックデザイン界に計り知れない影響を与え、今日に至るまで普遍的な模範とされています。