清家清

1. Origins

生い立ちと建築教育

清家清は1918年、東京都に生まれた。東京帝国大学工学部建築学科を卒業し、近代建築の理論と技術を体系的に学んだ世代である。彼が建築に向き合った時代背景は、戦前から戦後へと社会構造が大きく変化する時期であり、住宅や生活空間の再定義が強く求められていた。

2. Early Career

住宅への強い関心

清家の建築活動の中心には、常に住宅があった。大規模な公共建築や都市計画よりも、個人の生活に最も近い場所で近代建築を成立させることに関心を向けた点が特徴である。彼は、近代建築を抽象的な理念としてではなく、日常生活の中で使われる空間として成立させることを重視していた。

3. Residential Modernism

軽やかな構造と空間

清家清の住宅建築は、軽快な構造、簡潔な平面構成、過度な造形主張を抑えた外観を特徴とする。鉄骨や木造を適切に用い、内部空間には視線の抜けや連続性を持たせることで、限られた面積の中でも開放感を生み出した。彼の住宅は、近代建築の合理性を前提としながらも、日本の生活習慣や身体感覚に無理なく適応する形を模索した結果である。

4. Daily Life as Measure

生活を尺度とする設計

清家は、住宅設計において造形的完成度よりも、生活行為の連続性を重視した。動線、採光、収納、家具配置といった要素は、図面上の理論ではなく、実際の暮らしを想定した具体的判断によって決定されている。この姿勢は、建築を「見せるもの」ではなく「使われるもの」として徹底する態度に通じている。

5. Relation to Modernism

近代建築との距離感

清家清は、近代建築の合理主義を全面的に否定したわけではない。しかし、ヨーロッパ由来の理論をそのまま適用することにも慎重だった。彼の設計には、明確なグリッドや構造合理性が存在する一方で、空間のスケールや素材の選択には、日本的な柔軟性が残されている。このバランス感覚が、清家建築の大きな特徴である。

6. Education

教育者としての役割

清家清は、実務家であると同時に教育者としても長く活動した。建築教育の現場では、スタイルや流行を教えるのではなく、「なぜこの空間が必要なのか」「この構造は生活にどう影響するのか」といった、設計判断の根拠を問う姿勢を重視した。

7. Position

日本建築史における位置

清家は、丹下健三のような都市スケールの建築家とも、前川國男のような公共建築中心の実務家とも異なる位置にいる。彼は一貫して住宅を主戦場とし、近代建築を個人の生活空間として定着させた存在として評価されている。

8. Legacy

遺産と評価

清家清は2005年に没した。彼の建築は、強い記号性やモニュメント性を持たないため、派手に語られることは少ない。しかし、日本の戦後住宅建築において、近代建築を現実的かつ持続的に根づかせた功績は大きい。彼の遺産は、生活に無理を強いない近代建築のかたち、その実践にある。